ChatGPTの会社を率いる人
今回は初回記事のため、まずはこのブログでも大いに世話になっているAI普及の火付け役、サム・アルトマンについて取り上げていきたいと思います。 サム・アルトマンは、ご存知の通りChatGPT を提供する OpenAI のCEOです。
2022年11月30日(米国時間)に公開された ChatGPT は、テキストで質問すると AI が答えるサービスとして、日本語でも使えることからまたたく間に広がりました。世界がAIを日常の道具として使い始めた起点であり、アルトマンはその中心にいる人物です。
経歴は一直線ではありません。19歳で自分の会社を作り、28歳で他人の会社を選んで育てる側(Y Combinator 代表)に回り、非営利のAI研究機関として始まった OpenAI の共同会長を経てCEOに。ChatGPT のブレイクの1年後には、取締役会から解任されて5日後に復帰するという、現代の企業史でも異例の出来事を経験しています。
この記事では、ChatGPT がどう世に出て、どう広がったのかを軸に、この人の選択を追います。
完成品ではなく「プレビュー」を無料で出して、史上最速の普及を起こした
新しい技術製品の出し方には、定石があります。完成度を高め、課金モデルを設計し、発表イベントで華々しく打ち出す。特にAIのような期待と不安が交錯する技術では、慎重に磨いてから出すのが常識的な順序です。
ChatGPT の出し方は、この定石と違いました。「プレビュー」として、アカウント登録だけで誰でも無料で使える形で、2022年11月30日に公開されたのです。土台になったのは既存の言語モデル GPT-3.5 で、まったく新しい技術のお披露目ですらありませんでした。変わったのは、誰でも触れるチャットの形になったことです。
結果は、公開の6日後に本人のツイートで世界に知られます。公開から5日でユーザー100万人。さらにスイスの金融大手UBSの推計では、公開から2か月後の2023年1月31日時点でユーザーは1億2,300万人に達し、「これほど速いペースで拡大した消費者向けアプリケーションは、過去20年間で記憶にない」と分析されました。TikTok が1億人に9か月、Instagram が2年半かかったのと比べての、史上最速の普及です。
このとき、収益の設計は後回しでした。「ずっと無料で使えますか?」という質問に、アルトマンは「どこかの段階で有料にしなければならないだろう。(インフラの)コストは涙が出るほどかかっている」と答えています。コストが「涙が出るほど」かかると公言しながら、無料で開き続けた。普及が先、課金は後、という順序を、本人がコスト痛を認めながら選んでいたことが、この発言に残っています。
「ほとんど過剰なくらいの自己信頼」——公開している13原則
アルトマンは自身のブログ記事「How To Be Successful」で、数千人の起業家を観察して得た13の原則を公開しています。「自分を複利で伸ばす」「ほとんど過剰なくらいの自己信頼を持つ」「独立して考えることを学ぶ」「『売る』ことに長ける」「リスクを取りやすい状態を作る」「大胆であれ」——といった項目が並び、冒頭には「この助言は、すでにある程度の成功に達した人にはより容易だ」という留保も書かれています。
この原則を ChatGPT の公開と重ねると、対応が見えます。
「大胆であれ」「リスクを取りやすい状態を作る」は、未完成を自認する製品を全世界に無料で開くという公開のしかたそのものです。失敗しても「プレビューですから」と言える形にしてから、大胆に開く。リスクを取ったのではなく、リスクを取れる状態を先に作ってから取った、と読める設計です。
「『売る』ことに長ける」も、発表イベントや広告ではなく、製品自体を触らせることで世界に売った ChatGPT の広がり方と重なります。原則の冒頭に置かれた「自分を複利で伸ばす」は、1社の成功ではなく、関わる対象を増やしながら影響力を積み上げてきた経歴そのものの説明として読めます。公開されている原則と、実際の判断がここまで照合できる経営者は多くありません。
「AIの凄さ」を、説明ではなく体験に変えた
ChatGPT の公開方法が解いたのは、AIの能力が専門家にしか見えないという問題でした。
GPT-3.5 という言語モデル自体は、公開前から存在していました。しかし API 越しの言語モデルは、開発者以外には触りようがありません。論文やデモ動画でどれだけ説明されても、一般の人には「すごいらしい」以上のことが分からない。
チャットという形は、この壁を消しました。テキストで質問すれば答えが返る。説明が要らない。日本語で聞けば日本語で返ってくる。5日で100万人という速度は、体験の伝わりやすさそのものです。
公開直後のやり取りには、この製品の立ち位置がよく表れています。イーロン・マスク氏から「チャット当たりの平均コストは?」と問われたアルトマンは、「おそらく1桁セントくらいだ。より正確にコストを割り出そうとしており、また、最適化にも取り組んでいる」と答えています。原価も最適化も走りながら考える。完成させてから出す製品では、この順序はあり得ません。
無料であることも、同じ問題への答えです。コストを本人が「涙が出るほど」と言いながら無料を維持したのは、料金という入口の壁が、体験の伝播を止めることを知っていたからだと、後の展開——世界中に知られてからの有料プラン展開——が示しています。
一方で、この方法が生む問題もあります。未完成のまま世界中に開かれたことで、誤情報の生成や悪用への懸念も同時に世界規模になりました。「プレビュー」という位置づけは、この批判に対する構えでもあります。
「営利にしばられないAI研究機関」から始まった
OpenAI の出発点は、営利企業ではありません。2015年12月11日(現地時間)、テスラのイーロン・マスク氏と当時 Y Combinator 社長だったアルトマンの両氏が共同会長となり、非営利のAI研究企業として設立が発表されました。目標は「営利目標にしばられずに全人類の利益になるデジタル知能の開発を推進していくこと」。ピーター・ティール氏、リード・ホフマン氏、ジェシカ・リビングストン氏らが支援に名を連ね、Google Brain のリサーチサイエンティストだったイリヤ・サツキヴァ氏が所長に就きました。
当時、Google・Microsoft・Facebook・Apple がそれぞれAI研究を進めており、OpenAI はその外側に置かれた研究機関でした。設立発表文には「実現段階で、私利私欲ではなく全人類の利益を優先させる指導的な研究機関の存在が重要になる」とあります。
ChatGPT は、製品を売るために作られた会社ではなく、研究機関として始まった組織から出てきた製品だ、ということになります。「研究のプレビュー」という公開の形は、この出自と地続きにあります。
選ぶ側の8年が、開く判断の土台になった
第1段(2005年):自分の会社。 19歳でスタンフォード大学を中退し、位置情報共有アプリの Loopt を設立。
第2段(2014年):選ぶ側へ。 28歳で Y Combinator 代表に就任。年に数百社へ投資し育てる立場で、Airbnb・Dropbox・Stripe などの成長期に関わりました。スタートアップの世界には「早く出して、使われながら直す」という定石があり、アルトマンはこの定石で育つ会社を8年間、選ぶ側から見続けたことになります。
第3段(2015年):研究機関の共同会長。 Y Combinator 代表のまま、非営利の OpenAI を共同設立。
第4段(2022年11月30日):ChatGPT 公開。 既存モデルをチャットの形に包み、プレビューとして無料で開く。5日で100万人、2か月で1億人超。
第5段(2023年11月):解任と復帰。 ブレイクの1年後、11月17日に取締役会がアルトマンの解任を発表。19日に復帰協議が決裂して暫定CEOが指名され、同日深夜にマイクロソフトが彼とブロックマン氏の雇用を発表。21日夜(現地時間)、OpenAI はCEO復帰を発表しました。復帰にあわせて取締役会は刷新され、ブレット・テイラー氏が会長に就いています。世界的な製品の顔になった直後の5日間で、CEOの地位が二転三転した出来事です。
なぜその方法で成功できたのか
なぜ ChatGPT がブレイクできたのかを、考えていきます。
最大の要因は、無料のチャットUIが、技術を「誰でも試せる体験」に変えたこと。対話に使える大規模言語モデルそのものは、OpenAI だけのものではありませんでした。差を作ったのは技術ではなく、それを決済も学習も要らない入口で一般に開いたことです。チャットという形式は説明書を不要にし、SNSでの「試してみた」の連鎖と噛み合って、5日で100万人、2か月で1億人超という、広告では買えない速度を生みました。
第二に、「プレビュー」という位置づけが、先に開くことを可能にしたこと。完成品として出せば、誤答のひとつひとつが製品の欠陥になります。研究のプレビューなら、誤答も含めて「試している段階」です。この位置づけが、磨き切る前に開く判断を支えました。
第三に、競合が同じ開き方を選びにくかったこと。同等の技術を持つ大手は、既存事業への影響や評判リスクから、未完成のまま一般公開する判断をしにくい立場にありました。失うものが少ない挑戦者の位置が、独走の期間を作っています。
そして前提として、開くだけの技術の蓄積があったこと。2015年から研究を続けてきた組織の既存モデルがあってこそ、「触れる形に包み直す」は成立します。