専用ハードの仕事を、1本のソフトに移した映像編集ソフト

Premiere Pro は、Adobe が提供する映像編集ソフトウェアです。前身の Premiere が世に出た1991年当時、映像編集は高価な専用ハードウェアで組まれた編集システムの仕事でした。Premiere はソフトウェアだけで動き、手の届く価格のコンピュータで映像を編集できるようにした製品です。初期の Adobe 社員デイブ・ヘルムリー氏は、これを「誰でも入手できた初めての手頃なノンリニア編集ソフト」と振り返っています。

出発点は、SuperMac Technology 社のエンジニア、ランディ・ユビロス氏が約10週間で組み上げた社内デモソフト「ReelTime」でした。1991年後半に Adobe へ売却され、「Premiere 1.0」として発売されます。それから四半世紀、デヴィッド・フィンチャー監督の映画『ゴーン・ガール』は Premiere Pro だけで編集され、2019年のサンダンス映画祭では出品作の52%が Premiere Pro で編集されるまでになりました。

編集室ごと買う道具が、コンピュータ1台に収まった

1991年当時の映像編集の一般的なやり方は、高価な専用ハードウェアを組み合わせた編集システムを導入することでした。Premiere はそこからの差分をソフトウェアの側で作ります。専用機材ではなくソフトウェアのみで、手頃なコンピュータの上で動く。編集室ごと買っていた道具が、コンピュータ1台に収まったということです。

到達点は普及の量だけではありません。2014年、フィンチャー監督の『ゴーン・ガール』が、アカデミー賞編集賞受賞者のカーク・バクスター氏によって Premiere Pro のみで編集されました。その後も『ヘイル、シーザー!』『デッドプール』、ドラマでは『Mindhunter』『アトランタ』、生放送の『サタデー・ナイト・ライブ』などで採用が続きます。2019年のサンダンス映画祭では、出品作の52%を編集した最多のツールになり、直近5年で利用は約400%増、出品作の75%が Creative Cloud を使っていました。社内デモとして生まれたソフトが、映画の編集室の道具にもなっています。

「映像を生業にしない人」を狙いの中心に置く

作者のユビロス氏は、Premiere が誰のためのものかを明確に語っています。「狙いの中心は、市場の『向上心のある層』のためのソフトだ。良いものを作りたい人たち――その多くは映像を生業にしていない」。プロの編集技師ではなく、映像で食べてはいないが良いものを作りたい人。Premiere から後年の Final Cut Pro まで、ユビロス氏が作った編集ソフトに共通する軸です。

この軸は、製品の形にそのまま現れています。専用ハードを前提にせず、手頃なコンピュータで動くソフトウェアだけの構成は、編集室を持たない人が使える形そのものです。一方で Adobe は、Premiere をプロの側にも伸ばしました。2003年の全面刷新の際、同社幹部ブライアン・ラムキン氏は「厳しい納期とさらに厳しい予算で働く映像プロのニーズに応えるため、ゼロから再設計した」と説明しています。生業にしない人のための道具から始まり、プロの納期と予算にも応える道具へ。対象を広げながら、手の届く形は変えていません。

編集室を持たない人が、映像を編集できる

Premiere 以前、テープやカムコーダで撮った映像を編集するには、専用の編集システムが要りました。個人や小さな制作現場にとって、撮ることはできても、編集する設備は手の届かないものでした。

SuperMac 時代の周辺環境が、この困りごとをよく示しています。同社の映像取り込みカードは、本格仕様の「DigitalFilm」が約5,000ドル。当時の技術の限界に挑んだこのカードでも、扱えたのは4分の1サイズの標準画質でした。一方で約500ドルの廉価カード「VideoSpigot」も発売され、ユビロス氏はこれを「テープやカムコーダの映像をコンピュータに取り込んで再生できた、初めての体験だった」と語っています。取り込む道具が手頃になったとき、その次に要るのが編集するソフトです。Premiere は、その位置に置かれました。取り込みカードを試すために書かれたという出自は、Premiere が最初から「映像を取り込んだ人のすぐ隣」にあったことを示しています。

5,000ドルのカードを試すソフトがなかった

始まりは製品構想ではなく、社内の必要でした。1991年、SuperMac は最初期のデジタルビデオ録画カードの一つ「DigitalFilm」を開発していましたが、それを試すためのソフトウェアがありませんでした。ユビロス氏は約10週間でデモソフトを組み上げます。「10週間ほどでデモを組み上げ、人を呼んでコンピュータ上での編集を見せると、かなり好評だった」。これが ReelTime です。

カードの試験用に生まれたソフトは、見せるたびに手応えを返してきました。コンピュータの画面の上で映像を編集して見せる、というデモそのものが、当時はまだ珍しいものだったからです。

カードのおまけだったソフトが、単体の商品になった

転機は1991年後半に来ます。カードの出荷が近づく中、SuperMac はソフトウェア事業から撤退しており、ReelTime は Adobe へ売却されました。Adobe はこれを「Premiere 1.0」として発売します。カードを試すためのおまけだったソフトが、単体の商品として世に出た瞬間です。

作者も製品と一緒に移りました。売却の条件で Adobe からの引き抜きは禁じられていたため、ユビロス氏はランチの席で自分から「Adobe での仕事について伺いたい」と切り出して採用されています。Premiere 1.0 の開発は、ユビロス氏がほぼ一人で約10か月かけて仕上げました。

発売後の初期から、Premiere はプロの現場にも顔を出しています。『ザ・シンプソンズ』の制作陣がアニマティクス(動く絵コンテ)に使い、映画監督のジェームズ・キャメロン氏とも、プリビジュアライゼーション用途について協議が持たれました。編集室を代替する前に、まず編集室の「下書き」の道具として入り込んでいます。

放送品質、Windows、そしてゼロからの書き直し

世に出たあとの節目は、扱える映像の質と場所を広げる方向に並びます。1994年のバージョン4.0で、初めてフルスクリーンの放送品質(60フィールド/フレーム)に対応しました。1996年には Windows 版4.2が4Kのフレームサイズを扱えるようになっています。

作り手の側にも節目がありました。1995年、ユビロス氏は Adobe を離れ、Macromedia で新しい映像編集ソフトの開発を始めます。そのソフトは Macromedia では製品化に至らず、チームごと Apple に買収されて Final Cut Pro になりました。Premiere の作者が、のちの競合を作ったことになります。同じ人の同じ思想から出た2本の編集ソフトが、その後の市場で並び立ちました。ユビロス氏自身は、Apple で20年にわたり映像編集ソフトを作り続けています。

最大の節目は2003年です。Adobe はアプリケーション全体をゼロから書き直し、「Adobe Premiere Pro」として再出発させました。初版は Windows XP 専用で実売699ドル、2003年8月末の出荷として発表されています。書き出し専用の Adobe Media Encoder も同時に登場しました。同社幹部が「ゼロから再設計した」と説明したこの刷新は、積み上げた資産を守るより、プロの現場の要求に作り直しで応える判断でした。

その後は、単体のソフトから道具の組み合わせへと広がります。2006年に After Effects と連携する Dynamic Link が入り、2011年にはパッケージ販売から Creative Cloud へ移行しました。編集・合成・書き出しをまたぐ一続きの道具になっていきます。

専用ハードの外に、市場を見つけた

なぜ Premiere Pro は映像編集の定番になれたのかを、考えていきます。

第一に、専用ハードの外にいた人たちを、最初の市場にしたことです。映像編集が高価な専用システムの仕事だった時代に、Premiere はソフトウェアだけで手頃なコンピュータの上に載りました。「誰でも入手できた初めての手頃なノンリニア編集ソフト」という位置は、映像を生業にしない人を狙いの中心に置くユビロス氏の設計思想と重なっています。編集室を持つ人の数と、映像を作りたい人の数。後者の方が桁違いに多い市場でした。

第二に、プロの水準に合わせて作り直すことを恐れなかったことです。1994年のバージョン4.0で放送品質に届き、2003年には積み上げてきたアプリケーションそのものをゼロから書き直して、納期と予算に追われる映像プロに向けた Premiere Pro に刷新しました。手頃なソフトが機能を足しながらプロ用途を兼ねるのではなく、プロの要求を基準に作り直す。「厳しい納期とさらに厳しい予算で働く映像プロのニーズに応える」という言葉の通り、対象の水準を引き上げた再設計でした。

第三に、編集の前後の工程まで、一続きの道具にしたことです。2003年に書き出しの Adobe Media Encoder が加わり、2006年の Dynamic Link で After Effects の合成と直結しました。この形について、フィンチャー監督は「Adobe はエンドツーエンドのソリューションを提供するとはどういうことかを独自に理解している会社だ」と語り、ジョエル・コーエン監督は「編集が視覚効果と絡むほど、作りながら完成形を見られるプラットフォームが重要になった」と採用の理由を説明しています。編集ソフト単体の性能ではなく、工程のつながりが選ばれる理由になっています。

手頃さで広げ、作り直しと工程のつながりでプロに届く。Adobe は2019年、「過去5年で Premiere Pro の利用は約400%増加し、話題の映画祭作品を手がける映画制作者に選ばれる編集ツールになった」と発表しています。サンダンス映画祭の出品作の52%という数字は、映像を生業にしない人のために作られた道具が、映画の編集室でも選ばれるようになった到達点です。