デザイナーの定番は、印刷会社の「デモ」から始まった

ロゴ、イラスト、図版——拡大しても縮小しても崩れない線を引く。それがしたいとき、あなたならどうしますか。答えは簡単ですよね。Adobe Illustrator を立ち上げればいい。でも、この「当たり前」は最初からあったわけではありません。当たり前を作ったこと——それが Illustrator の始まりです。

ベクターという

その Illustrator が世に出たのは1987年、Macintosh 向けでした。作ったのは、当時まだアプリケーションの会社ですらなかった Adobe です。1982年にジョン・ワーノック氏とチャック・ゲシキ氏が創業した同社の看板は、プリンタの中で動くページ記述言語 PostScript。機種ごとにバラバラだった印刷の仕組みを共通の言語に置き換え、DTP 革命——デザインの制作環境がパソコンへ移る転換——の引き金になった技術です。

Illustrator は、その言語で「絵を描く」行為を、コードを書けない人に開くために作られました。そうして生まれた道具は、そのまま描く仕事の定番になっていきます。2017年の Adobe の発表では、Illustrator CC で作られるグラフィックは月間1億8,000万点を超えています。

この記事では、意外と知られていない、そのIllustratorが業界のスタンダードになる前のエピソードにフォーカスを当て、なぜ後に業界スタンダードとなるほどのアプリケーションへと育っていったのかを紐解いて行きたいと思います。

「描き直す」仕事を、「編集する」仕事に変えた

Illustrator 以前、ロゴや図版のような輪郭のはっきりした絵は、修正のたびに手で描き直す仕事でした。Illustrator はそれを、線をあとから動かし、曲げ、整えられる「編集できる絵」に変えます。一度引いた線を捨てずに直せる——修正が積み重なるデザインの仕事で、線を財産として持ち回せるようになりました。しかも引いた線は印刷の言語そのものとして記録されるので、紙の上で狂いなく再現されます。

それが当時の基準ではどれほど新しい行為だったかは、売り方が物語っています。製品の箱には、ワーノック氏本人が実演するデモ用のビデオテープ(VHS)が同梱されました。テープの中でワーノック氏は、このプログラムを「プロのイラストレーション市場に向けたもので、他のプログラムにはない多くの機能を備えている」と説明しています。会社の創業者が自らビデオで使い方を見せなければ伝わらない——画面の上でベクターの線を引くという行為は、それほど新しいものでした。発売の翌年には FreeHand、Windows の世界では CorelDRAW という競合が現れますが、Illustrator はその後も描く仕事の定番の座を明け渡していません。

創造性は道具ではなく、使う人に宿る

発売当時、Illustrator には批判も向けられました。ワーノック氏はこう振り返っています。「みんなが『誰でもできるようになったら良いデザインが台無しになる』と言った。しかし Illustrator では、優れたものが自然と頭角を現す。創造性はデザインに宿る。創造性とは、道具を使う人そのものなのだ」。専門技能の門を開くことへの反発に対して、道具は人を選ばない、選ぶのは作品の質だ、と答えています。

言葉の上だけの反論ではありませんでした。ワーノック氏は「私は人生で毎日 Illustrator を使ってきた」と語っています。Adobe の現 CEO シャンタヌ・ナラヤン氏も、夫妻を「当社の製品を常に使い、顧客共感の基準となった」と評しています。

画面の絵と、刷り上がりが同じになる

デザイナーの仕事の完成形は、画面ではなく印刷物の上にあります。仕上がりを出力機に裏切られないこと——Illustrator が持ち込んだのは、この安心でした。描いたデータが、線の太さも曲線の形も含めて、印刷機の読む言語そのもので記録されるからです。手元のファイルが、そのまま印刷側への指示書になります。

その恩恵を最初に受けたのは、ワーノック氏がビデオで名指しした「プロのイラストレーション市場」の人たちです。一度作った絵は、名刺からポスターまで、サイズ違いの仕事にそのまま流用できます。イラストレーターという職業の名前を、そのまま製品名にした道具です。

言語の力を、目に見える形にしたかった

PostScript で絵を描けるのは、その言語を書ける人だけでした。ワーノック氏は晩年の口述史で、発想をこう語っています。「必要なのは描画プログラムだと分かっていた。PostScript にある基本操作——ベジェ曲線を描いて操り、四角を描き、写真でも何でも流し込める操作を、そのまま画面のユーザーインターフェースとして露出することだ」。聞き手が「つまり PostScript のグラフィカルなUIですね」と確かめると、答えは「その通り」でした。いまデザイナーがハンドルで曲線を操る、あの操作の設計図です。

Adobe にとっては、看板の言語に何が描けるかを見せる実証の意味もありました。そして、いちばん近くに描く仕事の当事者がいました。ワーノック氏の妻マーバ氏はグラフィックアーティストであり、夫妻は Adobe の製品を日常的に使い続けています。言語の能力を示したい会社と、描く道具を必要とするデザイナー。その両方が、創業者の家の中にいました。

9か月の試作が、Macの上で製品になった

実装したのは、ワーノック氏が「Illustrator を書いたのは、輝くほど優秀なプログラマーのマイク・シュスター」と名指しする人物です。最初の試作はおよそ6〜9か月で動き、ワーノック氏は自分でも初期のイラストを描いて、展示会で見せて回りました。「本当にこれがコンピュータから出てきたのか」——Seybold 会議での周囲の反応を、本人がそう振り返っています。

1987年3月19日、Illustrator 1.0 が出荷されます。プリンタの中で動く技術しか持たなかった会社が、デザイナーの机の上で動く製品を初めて並べた瞬間でした。市場の反応をワーノック氏は「かなり速く離陸した」と振り返っています。翌1988年には早くも次の版「Illustrator 88」。発売年をそのまま冠した更新で、計算機歴史博物館には、チュートリアルやクイックリファレンスとともにビデオデモを同梱した1988年のパッケージ現物が収蔵されています。箱の中身の多くは、新しい描き方を学ぶための教材でした。

展開は Macintosh が先行しました。Windows 版は1989年まで登場せず、しかもバージョン7まで Mac 版とは別の道を歩みます。DTP の中心にあった Mac の上で、描く道具としての Illustrator はまず形になりました。この時期のワーノック氏が Mac の画面に Illustrator を映している写真は、計算機歴史博物館の展示に残っています。

ライバルと競り合い、セットになり、月額になった

競合はすぐに現れました。1988年、Aldus が FreeHand 1.0 を発売します。同じ Mac の上で、同じ職種に向けた道具として、長年にわたり主要な競合であり続けたドローソフトです。Windows の市場では CorelDRAW が相手でした。勝者が最初から決まっていた市場ではありません。長い併走の決着は、盤外からきました。FreeHand はやがて Macromedia の製品になり、その Macromedia を Adobe が買収します。2007年、Adobe は FreeHand の開発とサポートの終了を発表しました。最大のライバルは、持ち主ごと Adobe の中に取り込まれて姿を消しています。

位置づけが変わるのは2003年です。Illustrator は Photoshop や InDesign と同じ「Creative Suite」という箱に束ねられました。デザイナーの側から見れば、描く道具と、写真を直す道具と、組版する道具が同じ箱に入ったということです。2013年5月には、買い切りのパッケージ版が CS6 で打ち切られ、月額の Creative Cloud へ全面移行します。Illustrator CC を含む CC アプリ群の提供開始は同年6月17日でした。発表を伝えた CreativePro は「最新版の Photoshop、InDesign、Illustrator を使いたければ、クラウドの契約者になる必要がある」と書いています。版を買い替えるまとまった出費が、月々の利用料に変わる——道具の中身だけでなく、道具の買い方が変わった節目です。

線と、思想と、隣の道具

なぜ Illustrator はデザイナーの定番であり続けるのかを、考えていきます。

第一に、印刷の標準そのものから生まれた道具だったことです。競合のドローソフトも PostScript で出力する時代に、Illustrator は、その PostScript を作った本人が基本操作を画面のUIとして露出した、言語と地続きの道具でした。仕上がりを狂わせないことが仕事の前提であるデザイナーにとって、標準の本家が作った描く道具という位置は、他では替えが利きません。

第二に、作り手が使い手であり続けたことです。ワーノック氏は自ら Illustrator で初期のイラストを描いて展示会で見せ、以後も毎日使い続けました。「創造性は道具を使う人に宿る」という答えは、毎日使う本人の実感に裏打ちされています。

第三に、隣の道具とセットになったことです。FreeHand や CorelDRAW との長い併走を経て、2003年に Photoshop や InDesign と同じ箱に入り、2013年からは月額で常に最新版が届く形になりました。デザイン史を扱う Novedge は、Adobe がこの市場での優位を「革新、ユーザーからのフィードバック、戦略的な機能強化の組み合わせ」で維持してきたと評しています。

ワーノック氏の死去に際して、ナラヤン CEO は公式声明でこう述べています。「彼のビジョンと情熱により、Adobe は Illustrator、遍在する PDF と Acrobat、Photoshop、Premiere Pro といった画期的なイノベーションを生み、デスクトップ時代を定義し、何百万人もの創造性と機会を解き放った」。その列挙の先頭に、言語のデモとして生まれた Illustrator の名前があります。月間1億8,000万点——Illustrator は40年近く経ったいまも、描く仕事のいちばん近くに置かれています。