デザイナーが、素材と工場の工程まで決める会社
Apple は Mac、iPhone、iPad、Apple Watch などを設計・販売する米国の企業で、その製品のデザインは、1998年の iMac から2015年の Apple Pencil まで、社内のデザインチームが一貫して手がけてきました。2016年に Apple 自身が刊行した写真集『Designed by Apple in California』は、その20年分の製品450点の写真を収めており、制作には8年がかけられています。
そのチームを長く率いたジョナサン・アイブについて、スティーブ・ジョブズは生前、「彼は私を除けば、Apple の誰よりも運営上の権限を持っている」と語っています。アイブはジョブズと「ほとんど毎日昼食をともにし、午後はデザインスタジオという聖域で過ごした」と振り返っています。その権限は形を決めるところで終わらず、アイブは2016年に「最終的な製品に一体性を持たせたいなら、設計と製造は切り離せない」と述べ、1990年代に製造の外注が進むなかで、設計と製造の間に「溝」が生まれたと語っています。同じ場でアイブは、Apple のやり方について「われわれは静かに働く」「その点でわれわれは目に見えて異なっている」と述べています。
アイブは2019年に Apple を離れ、2025年7月には、デザインチームが CEO ティム・クックの直属になることが発表されました。
顧客に聞かず、製品を減らし、工場の工程まで踏み込む
ジョブズ復帰前の Apple の立て直しは、コスト削減と売上の確保を最優先にしていました。アイブは2012年の講演で、1997年に復帰したジョブズのやり方はそれとは違っていたと語りました。「彼の観察は、製品が十分に良くないということだった」と述べ、「彼の決意は、より良い製品を作ることだった」と続けています。
何を作るかを顧客に聞く、という方法も Apple は取りません。アイブは「市場調査はしない」と述べ、その理由を「凡庸さを保証し、誰かを不快にさせないかを調べるだけだからだ」と語っています。マーケティング責任者のフィル・シラーも、2012年の法廷証言で、何を作るべきかについて「それを知るのは顧客の仕事ではないので、顧客には聞かない」と述べました。
デザインチームの規模は、製品の広がりに対して小さく保たれています。2014年の報道では、アイブのチームは英国・米国・日本・オーストラリア・ニュージーランド出身の約15人で、アイブは大半のメンバーと15〜20年働いてきました。アイブによれば、チームの中では「エゴの問題はとうに消えている」ということになります。同年、アイブはロンドンのデザインミュージアムで「デザインチームは18人しかいない」「誰も辞めたことがない」と述べています。毎週金曜の朝には、チームの1人が全員の朝食を作る習慣がありました。デザイナーのクリス・ストリンガーは法廷で、チームが「ボタン1つに50案」を作ることを明かし、「われわれは細部に執着する」「常に疑い、常に問い直している」と証言しました。同じ講演でアイブは「最良のアイデアは会話として始まる」「プロセスの最初の小さな変更が、最後にはまったく別の製品を決める」とも述べています。アイブの言葉では「スタジオの中の80%はうまくいかない」のであり、「うまくいく1つのアイデアの裏に、却下された9つのアイデアがある」ことになります。
作る製品の数も絞られています。ジョブズは1997年の開発者会議で「集中とは、ノーと言うことだ」と述べ、「その集中の結果として、部分の総和よりはるかに大きな、本当に優れた製品が生まれる」と続けました。ジョブズ復帰後の Apple は、ハードウェアとソフトウェアの製品の7割超を廃止しています。2012年のクックの言葉では、Apple が目指すのは「良い製品でも、多くの製品でもなく、世界で最高の製品」です。
さらに、デザイナーの仕事は素材と製造工程まで及び、アルミ製ノートブックの最初の設計にあたり、アイブは金属加工を学ぶために日本北部の小さな町を訪ね、初代 iMac の色を作るときは菓子職人と協働しました。製造工程について、アイブは「われわれは強く自分たちのものだと感じている」と述べ、その理由を「理解と学びを助け、次の製品に受け継がれるからだ」と語っています。
ハードウェアとソフトウェアも、同じ会社が設計しています。2007年の iPhone 発表で、ジョブズは計算機科学者アラン・ケイの「ソフトウェアに本気な人は、自分でハードウェアを作るべきだ」という言葉を引き、続けて iPhone が OS X を載せていると説明しました。2015年には、工業デザインとユーザーインターフェースデザインの両部門が、同じ責任者の下に置かれました。
「人は、ケアを感じ取る」
アイブがデザインの中心に置く言葉は「ケア(care)」です。2014年のデザインミュージアムでの講演で、アイブは「人はケアを感じ取れる」「同じように、ケアの欠如も感じ取れる」と述べ、「ケアの欠如しか感じられないものを買えと言われるのは、侮辱だ」と続けました。この言葉はジョブズから受け取ったものです。アイブは2022年のインタビューで、ジョブズがデザインに込めるべき一語として「ケア」を挙げたことを明かしています。ジョブズの言葉は「ケアを込めて作れば、使う人が誰かを知らなくても、その人はそれを感じ取る」「ケアは、種への愛を表現する方法だ」というものでした。
ジョブズ自身の考えは、アイブの言葉を通して伝わっています。アイブは2024年に公開した手紙で「彼は、役に立ち、力を与え、美しいものを作ることで、われわれは人類への愛を表現するのだと本気で信じていた」と書きました。2025年の講演では、ジョブズの「作るものを通じて、種への感謝を表せる」という言葉を引き、「われわれが作るものは、われわれが何者かの証しだ」と述べています。同じ講演でアイブは、ケーブルをまとめる包装の小さなタブについて「何百万人もの人がこの小さなタブに触れると分かっていた」と語りました。
ケアの具体的な形は、「必然に見える」ことです。Apple の写真集の序文で、アイブは「力を感じさせない物を定義しようと努めている」と書き、それを「あまりに単純で、一貫していて、必然で、合理的な代替案などあり得ないと思える物」と説明しました。同じ考えは製品の判断基準にもなっています。アイブは2012年に「より良いものを作れないなら、作らない」と語り、2014年には「十分に良くないなら、やめる」と述べています。
ケアは、素材への態度としても語られます。アイブは素材の判断について「読んで決めることはできない」「作ることで経験を得る」と述べ、面接に来るデザイナーの多くが物の作り方を知らないことを憂えました。
製品の削減、iMac、ユニボディ——三つの転機
アイブは1992年、ロンドンのデザイン事務所 Tangerine から Apple に加わり、1996年にデザインチームの責任者になりました。ジョブズが戻る前、アイブは辞めることを考え、ハードウェア技術担当のジョン・ルビンスタインに慰留されています。1997年にジョブズが復帰したとき、アイブはその訪問を「彼はスタジオに来た、たぶん私を解雇するために」と振り返り、当時出荷していた製品を「まったく良くなかった」と認めています。ジョブズは外部のスターデザイナーを招くのではなく、すでにチームを率いていたアイブを選び、2人はデザインについての考えが合って親しくなりました。
第一の転機は、製品の数を減らしたことです。ジョブズは Mac の製品構成を、コンシューマー向けとプロ向け、デスクトップとポータブルの2×2の枠に整理し、「その枠に収まらないものはすべて切った」と伝えられています。ハードウェアとソフトウェアの7割超が廃止され、暫定 CEO としての最初の1年で3,000人超の人員削減が行われました。
第二の転機は、1998年5月6日の iMac です。ジョブズは「iMac は、インターネットの興奮と Macintosh の単純さの結婚から生まれた」と紹介し、当時の PC 市場を占めていたベージュの四角い箱に対して「こちらの背面は、他社の前面より良く見える」と語りました。半透明で曲線を持つ一体型の筐体は、アイブが1997年に工業デザイン担当上級副社長に就いてからの最初の大きな仕事でした。クックは2019年、アイブの役割を「1998年の画期的な iMac から iPhone、そして Apple Park の前例のない野心まで」と表現しています。
第三の転機は、デザインが製造工程に踏み込んだことです。2008年の MacBook で、アイブは「従来ノートブックは多くの部品で作られる」「新しい MacBook では、それらすべてを1つの部品——ユニボディに置き換えた」と説明しました。1本のアルミニウム塊から削り出す筐体は、薄く、強く、アイブの言葉で「これまで夢にも思わなかった精度の仕上がり」をもたらしています。
報告先は、COOからCEOへ
2015年、アイブは Chief Design Officer となり、工業デザインはリチャード・ハワース、ユーザーインターフェースデザインはアラン・ダイが日々の運営を担う体制になりました。
2019年6月、Apple はアイブが独立してデザイン会社を設立し、Apple を主要顧客の1つとすると発表しました。工業デザイン担当副社長のエヴァンス・ハンキーと、ヒューマンインターフェースデザイン担当副社長のアラン・ダイは、COO のジェフ・ウィリアムズに報告する形になりました。クックは「Apple は、ジョニーが築いた才能ある情熱的なデザインチームの継続的な仕事を通じて、彼の才能の恩恵を受け続ける」と述べています。
2025年7月、Apple は COO ウィリアムズの退任を発表し、デザインチームは同年後半から CEO クックに直接報告する体制になると告知しました。同年12月、クックは「デザインは Apple の何者であるかの根幹だ」と述べています。
デザインが「答え」の側に置かれていたから
なぜ Apple はデザイン戦略で成功できたのかを、考えていきます。
第一に、デザインが経営の課題に対する「答え」の側に置かれていたことです。1997年のジョブズは、立て直しの出発点をコストではなく「製品が十分に良くない」という観察に置きました。ベージュの四角い箱が占めていた PC 市場で、Apple はデザインの責任者に CEO に次ぐ運営上の権限を与え、CEO とデザイナーが毎日昼食をともにし、午後をスタジオで過ごす関係のなかで製品を作りました。
第二に、製品の数を絞ったことです。ジョブズは「ノーと言う」集中の結果として、部分の総和よりはるかに大きな製品が生まれると説明し、実際に7割超の製品を廃止しました。
第三に、設計と製造を切り離さなかったことです。アイブは製品の一体性のために設計と製造は切り離せないと語り、素材の判断は作ることで得た経験に基づくと述べています。部品を1つに減らすという設計の判断が、1本のアルミニウム塊から削り出すという製造方法とともに発表されたユニボディは、その実例です。
アイブは2019年の退任時に、最も誇りに思うこととして「比類のないデザインチーム、プロセス、文化を Apple に作ったこと」を挙げました。