コンピュータを一台も映さない広告から始まった、ブランドの再出発

Apple は、iPhone や Mac を作る会社であると同時に、広告でスペックを語らない会社です。1997年9月23日、Apple に戻って間もないスティーブ・ジョブズは社員を集め、新しい広告を見せる前にこう切り出しました。「私にとって、マーケティングとは価値観のことだ」。続けて「世界はとても複雑で、とても騒がしい」。その日に披露されたキャンペーン「Think different」には、Apple のコンピュータが一台も映っていません。映っていたのは、モハメド・アリ、ローザ・パークス、アルフレッド・ヒッチコックといった、世界を変えた人たちの写真でした。

以来、Apple には、性能の話を聞かせずにコンピュータを体験させる自社店舗、新製品について「秘密主義を倍にする」という方針、そして「プライバシーは基本的人権」という宣言が加わっていきました。2025年、ブランド評価会社 Interbrand の Best Global Brands で Apple は1位に置かれ、ブランド価値は4,709億ドルと算定されています。

スペックを語らない広告と、売ることを仕事にしない店員

一般的なメーカーの広告は、製品の性能を語ります。ジョブズ自身が1997年の社内スピーチで、その型を「速度や仕様、MIPS やメガヘルツ、なぜ Windows より優れているかを語ること」と言い表しています。売り場も同じ型で動いていて、店員はより多くを売ることが仕事になり、Apple の小売部門を作った Ron Johnson はそれを「顧客の人生を豊かにしないし、小売業者と顧客の関係を深めもしない」と書いています。Apple は、この二つの型から外れました。

広告では、1997年の Think different 以降、製品ではなく価値観を語る枠を持ち続けています。2013年6月、WWDC の基調講演の最後にティム・クックが披露した「Designed by Apple in California」の CM は、特定の製品に焦点を当てていません。語られるのは「これが大事なことだ」「製品の体験」「それは人にどう感じさせるか」「人生をよくするか」「存在に値するか」という言葉です。2015年に始まった「Shot on iPhone」は、iPhone のカメラ性能を数字で示す代わりに、利用者が撮った写真そのものを看板や交通広告に掲げる仕組みで、10年続いた2025年にはカンヌライオンズの Creative Effectiveness 部門グランプリを受けています。

売り場では、2001年5月19日に最初の2店舗を開いた Apple Store が、「メガヘルツやメガバイトの話をただ聞かされる代わりに、映画を作る、自分だけの音楽 CD を焼く、デジタル写真を個人のウェブサイトに載せるといった、コンピュータで実際にできることを学び、体験できる」場として設計されました。Johnson は「店員は物を売ることに集中していない」と書いています。「関係を築き、人々の暮らしをよくしようとすることに集中している」。さらに「Apple Store が成功したのは、従来の型を手直ししたからではない」と述べ、「すべてを一から考え直したからだ」と続けています。

語らない範囲は、新製品にも及びます。2012年5月、CEO のティム・クックは業界会議 D10 で今後は秘密主義を緩めるのかと問われ、「製品については、秘密主義を倍にする」と答えました。同時に、サプライヤーとの関係や環境への取り組みについては「超・透明」でいく、と話しています。

「マーケティングとは価値観のことだ」

1997年の社内スピーチで、ジョブズは Nike を例に挙げました。「Nike は日用品を売っている。靴だ。それでも Nike のことを考えると、靴の会社とは違う何かを感じる。広告で彼らは製品の話を決してしない。エアソールの話も、それがなぜ Reebok のエアソールより優れているかも語らない。Nike は広告で何をしているか。偉大なアスリートと、偉大なスポーツを讃えているのだ」。そのうえで Apple 自身をこう定義しました。「Apple の核にある価値観は、情熱を持った人は世界をよりよく変えられる、という信念だ」「私たちがやっているのは、人が仕事を片づけるための箱を作ることではない。それはうまくやっているけれども」。

この言葉を実物に翻訳したのが Think different です。広告代理店 TBWA/Chiat/Day のアートディレクター、クレイグ・タニモトが、世界を変えた人たちの白黒写真に、虹色の Apple ロゴと「Think Different」の一句だけを添えた屋外広告案を作りました。ジョブズは社員に向けて、「キャンペーンのテーマは Think Different。違う考え方をする人たちを讃えるものだ」と説明しています。

シンプルさは、名前にも及びます。iMac の名付け親であるシーガルは、「i」が internet を意味し、同時に individual や imaginative も含む、と Fortune に語っています。ジョブズは別の名を気に入っていて、シーガルの案を2度退けました。「今週は嫌いではないが、まだ好きではない」と言われた案は、正式に承認されないまま試作機に印字され、そのまま製品名になりました。シーガルは2016年に「小さな i は、私たちに長く仕えてくれた」と振り返っています。

店舗については、Johnson が「私たちは『買う前に試す』という概念を完全に考え直した」と書き、「人々は体験のために Apple Store に来る」「それに対価を払う意思がある」と続けています。Genius Bar について、ジョブズは「アイデアではなく名前に反対した」と Johnson は記しています。

近年、この軸に加わったのがプライバシーです。ティム・クックは2018年10月24日、ブリュッセルで開かれたデータ保護当局の国際会議で「私たち Apple は、プライバシーは基本的人権だと信じている」と述べ、個人データが売買される仕組みを「データ産業複合体」と呼びました。「プライバシーは基本的人権」という文言は、2025年1月の Siri に関する声明と、2026年5月に Apple 自身が開いた研究ワークショップでも掲げられています。2026年4月の CEO 交代の発表では、クックが「プライバシーを基本的人権として長く訴えてきた」人物として紹介されました。

「メガヘルツ」を知らなくても、選べる

Apple のやり方で困りごとが軽くなるのは、まず買う側です。2001年に Apple Store を開いたとき、ジョブズは「Apple Store は、コンピュータを買う新しい方法を提供する」と述べ、仕様の説明を聞く代わりに「コンピュータで実際にできること」を店で学び、体験できるようにしました。店員が売上ではなく「あなたに必要なものを見つけ、手に入れる手助けをすること」を仕事にしている以上、買い手は性能表を読めなくても選べます。2025年9月に全面的に新しくなって再開した Apple 銀座でも、製品の購入だけでなく、Genius Bar でのサポートや、使い方を学ぶ「Today at Apple」のセッションが店の機能として置かれています。

もう一つは、自分のデータを預ける側の不安です。クックは2018年の演説で「企業は顧客データを匿名化する、あるいは最初から収集しない、と自らに課すべきだ」と述べ、「Apple は、利用者の最も個人的なデータを貴重な積荷のように扱いながら、最高のものを提供できるし、実際にしている」と語っています。2025年の Siri に関する声明でも、できる限りの処理を利用者の端末上で行う設計が説明されています。

取りかかって8週間、まず「Apple とは何者か」を問い直した

1997年、Apple に戻ったジョブズは、社員向けのスピーチで「約8週間前に取りかかり、私たちが立てた問いはこうだった。顧客は、Apple とは何者で、何のために立っているのか、この世界のどこに収まるのかを知りたがっている」と述べています。「騒がしい世界で、人々に私たちのことを多く覚えてもらう機会はない。どの会社にもない。だから、何を知ってもらいたいのかを、本当にはっきりさせなければならない」。

同じ年の7月、広告代理店 TBWA/Chiat/Day のロブ・シルタネンらが会った当時のジョブズは、Apple が「出血している」と語り、状況は想像していたより悪いと述べました。世間の半分は Apple が死ぬと思っていて、市場シェアは小さく縮んでおり、ビジネスの世界では Apple のコンピュータを「おもちゃ」と呼ぶ人が多かった、とシルタネンは当時を記しています。ジョブズは当初「テレビ広告はなしで、状況が見えるまでコンピュータ雑誌の印刷広告だけ」と考えていました。

同じ時期の開発者会議で、ジョブズは「集中とはノーと言うことだ」「顧客体験から始めて、技術へと遡らなければならない」と語っています。Think different の広告制作に関わったケン・シーガルは、2016年の時点でも「Apple は他社に比べて、いまだにとても少ない製品しか作っていない」と述べています。

1997年から2001年、広告・名前・店舗の順に

最初の転機は、1997年の Think different です。シルタネンが最初の CM 原稿をジョブズに見せたとき、ジョブズはそれを厳しく退けました。それでも、原稿の冒頭と結びは最終版にほぼそのまま残っています。ナレーションはジョブズ自身が読む案もありました。シーガルによれば、ジョブズは言葉そのものは気に入っていたものの、自分で語れば自己顕示に見えて、メッセージが届かなくなると考えて降り、俳優のリチャード・ドレイファスが読むことになりました。キャンペーンは、ABC の『トイ・ストーリー』放送枠で、60秒の CM を第1時間と第2時間に1回ずつ、計2回流して始まりました。

第二の転機は、1998年5月6日の iMac です。ジョブズは発表の場で「iMac は、インターネットの興奮と Macintosh のシンプルさの結婚から生まれた」と述べ、消費者がコンピュータを欲しがる一番の理由を「簡単に、速くインターネットに接続すること」だと説明しました。インターネットの普及という外の追い風の中で、Apple は製品名に「i」を付け、その一文字を消費者向け製品の目印にしました。ジョブズは「MacMan」という名を気に入っていましたが、シーガルは「私たちは世界を MacMan から救った」と振り返っています。

第三の転機は、2001年です。5月19日、バージニア州タイソンズコーナーとカリフォルニア州グレンデールに最初の Apple Store が開き、Apple は同年中に25店舗を開く計画を発表しました。店内は製品カテゴリ別ではなく、映画を作る、写真を整理する、音楽ライブラリを管理する、といった「できること」別に展示が分けられ、Mac の専門家に相談できる Genius Bar が置かれました。10月23日には iPod が発表されました。プレスリリースの本文は 5GB のハードディスクに触れていますが、副題に置かれたのは「1,000曲をポケットに」でした。

店と代理店、そして50年目の交代

1997年7月、当時 BBDO にあった Apple の広告アカウントについて、TBWA/Chiat/Day のリー・クロウらがジョブズに会い、その後の Think different を同社が手がけました。クロウは1984年の Macintosh 発売 CM、Think different、iPod と iTunes のシルエット広告、「Get a Mac」を手がけ、2006年には Apple 専属の代理店 TBWA\Media Arts Lab を設立しています。

2003年、Apple は米国外で初めての直営店を東京・銀座に開きました。店舗は、小売部門を率いたアンジェラ・アーレンツのもとで役割を広げました。アーレンツは2016年に「店はいま、私たちが作る最大の製品だ」と述べ、2017年9月の新製品発表の場では、年間5億人以上が Apple の店舗を訪れているとしたうえで、「世界の都市に Apple の『タウンスクエア』を開き続ける」と語っています。店で講座を開く「Today at Apple」は、2025年に再開した Apple 銀座でも続いています。

2026年9月1日、クックは取締役会の執行会長に退き、ジョン・ターナスが CEO に就きました。ターナスは就任にあたり「この特別な場所を半世紀にわたって定義してきた価値観とビジョンを持って導くことを約束する」と述べています。

語らないことを決めた、二つの接点

なぜ Apple のブランド戦略はここまで成功できたのかを、考えていきます。

第一に、会社が「出血している」1997年に、性能ではなく価値観を語る広告を選んだことです。当時の Apple は市場シェアが縮み、世間の半分は Apple が死ぬと思い、ビジネスの世界ではその製品を「おもちゃ」と呼ぶ人が多かった、とシルタネンは書いています。業界の広告は速度や仕様、Windows との優劣を語る型で動いていました。その中で Apple は、コンピュータを映さず、世界を変えた人たちを讃える広告に資源を振り向けました。ジョブズ自身は当初、テレビ広告をやめて雑誌の印刷広告だけにするつもりでした。シルタネンは、この選択が続く iMac の土台になったと書いています。iMac が出た1998年は、消費者がコンピュータを欲しがる一番の理由が「簡単に、速くインターネットに接続すること」だった時期で、Apple は internet を意味する「i」を冠した iMac を出しています。

第二に、売り場を自社で持ち、そこに売ることを仕事にしない店員を置いたことです。当時の小売の型では、店員はより多くを売ることが仕事で、Johnson はそれが顧客の暮らしも小売業者との関係も豊かにしないと書いています。Apple は2001年、その型の外に店を作りました。性能の説明の代わりに「できること」を体験する展示、Mac の専門家に相談できる Genius Bar、売ることではなく関係を築くことに集中する店員です。年間5億人以上が店舗を訪れ、店は「私たちが作る最大の製品」と呼ばれるまでになりました。

創業50年の2026年、クックは「違う考え方をすることは、いつも Apple の心臓にあった。それが、人々が自分を表現し、つながり、素晴らしいものを作ることを後押しする製品を生み出す原動力だった」と述べました。1997年9月に社員の前で語った「Think different」は、29年後も Apple が自分を語る言葉として使われています。