元Googleエンジニアが「声を聞く」ために作った充電の定番

Anker PowerCore(アンカー・パワーコア)は、充電機器メーカー Anker のモバイルバッテリーの代表シリーズです。中でも2016年に発売された「Anker PowerCore 10000」は、日本やアメリカを含む世界各国で累計600万台以上を売り、Anker史上最多販売数を記録したモデルです(2024年5月時点)。

Anker は2011年、米Googleでエンジニアとして働いていたスティーブン・ヤン氏が中国で創業したメーカーです。テレビCMで名前を売ったのでも、量販店の棚を押さえたのでもありません。Amazonで売り、Amazonのレビューを読み、そこに書かれた不満を次の製品の仕様に変えていく。この作り方を貫いた先に、「モバイルバッテリーといえば Anker」という定番の位置がありました。

充電器やモバイルバッテリーという、どのメーカーの製品も似たように見える領域で、なぜこの会社の製品だけが選ばれ続けるのか。創業者と日本法人代表の発言をもとに、その理由を追います。

100人でレビューを読み、1機種を600万台売った

モバイルバッテリーは、差がつきにくい商品です。中身は充電池で、役割は「スマホをもう1回充電できること」。店頭にもECにも似た製品が並び、多くのメーカーは価格を下げるか、広告で目立つかで選ばれようとします。

Anker のやり方は、この土俵と違いました。同社は専門のカスタマーサポートチームを全世界に100人以上置き、ネット上に寄せられる35万件ものレビューに目を通しています。レビューを「売れた結果の評価」としてではなく、「次に何を作るか」の入力として読む。ヤンCEOは製品開発について「ユーザーの声をしっかりと聞くことだ。どんなことを不満に思っているか、どんな機能が欲しいのか」と語り、実際に小型充電器は「『小型化してほしい』という声が大きかったことから、数年をかけて開発した」と説明しています。

この読み方の成果が、PowerCore 10000 に集約されています。容量10000mAhでクレジットカードほどの大きさ、重さ約180g。この1機種だけで累計600万台以上を販売し、Anker史上最多販売数を記録しました(2024年5月時点)。日本国内では、モバイルバッテリーを含む Anker 製品全体の累計販売台数が2026年5月に1億台を突破しています。日本法人の猿渡歩社長は、これを国内で「一家に一台」保有されている計算に相当する規模だと説明しました。

派手な新技術の発表ではなく、レビューを読む100人の体制と、そこから生まれた1機種の600万台。物量が積み上がっている場所が、広告ではなく「聞く側」に寄っているのが、このメーカーの構造です。

「Amazonレビューは、製品開発で最も重要なインプット」

ヤンCEOの言葉で、この会社の考え方が最もはっきり出ているのが次の一言です。Marketplace Pulse(ECマーケットプレイス専門の調査メディア)によると、ヤン氏は「Amazonレビューは、われわれの製品開発にとって単一で最も重要なインプットだ」と語っています。レビューは販売実績の通知表ではなく、開発工程の最上流に置かれた入力だ、という宣言です。

本人は日本メディアの取材でも、同じ考えをこう言い換えています。「自分が何かすごいアイデアを持っていたとしても、それにこだわりすぎてしまうとユーザーが置いてけぼりになってしまう。ユーザーの声をしっかりと聞くことが成功への近道になるはずだ」。エンジニア出身の創業者が、自分のアイデアより先にユーザーの不満を置く。この順番が哲学の軸です。

この考えが仕様に翻訳された実例が、PowerCore 10000 です。この製品は容量10000mAh・重さ約180g・クレジットカードサイズという組み合わせを持ちますが、実はグローバル共通モデルではなく、日本市場向けに独自開発されたモデルでした。日本法人の猿渡社長は、Amazonレビューや個人ブログを分析して「ユーザーが何に対して不安、不満に思っているかを徹底的に把握しました」と述べた上で、日本では「大容量であってもコンパクトさが求められる傾向が強い」ことから、この製品を日本向けに開発したと説明しています。「大容量か、小型か」の二択に対する日本のユーザーの答えがレビューから読み取られ、「大容量なのにカードサイズ」という仕様に翻訳された、ということです。

もうひとつの軸が、信用への考え方です。ヤンCEOは「信用を獲得するには多くの時間がかかるが、失うのは一瞬だ」と語っています。声を聞いて直す体制は、この考えの実装でもあります。寄せられた不満は分析されて機能改善や開発に反映され、「早ければ、1〜2カ月で改良版が出荷されることもあります」という速度で製品に返っていきます。

「安いけど不安」な買い物を、迷わない買い物に変えた

モバイルバッテリーを買う人の困りごとは、はっきりしています。似た製品が無数に並び、スペック表記だけでは品質が分からず、ハズレを引くと「充電できない」どころか安全の不安まで抱えることになる。安い買い物ほど、選ぶのが難しい商品です。

レビューを開発の入力にする方法は、この不安を仕組みで減らします。不満が書かれれば分析され、早ければ1〜2か月で改良版に反映される。買った人の失望が、次に買う人の製品を良くする循環が、販売ページの上で回り続けるからです。

その循環の結果は、選ばれ方に表れています。Marketplace Pulse によると、Anker のモバイルバッテリーは Amazon のカテゴリランキングでおよそ9割の期間で1位を占め、平均評価は5点満点中4.6でした。日本でも、後継モデルの「Anker Power Bank(10000mAh, 22.5W)」が Amazon の「携帯電話・スマートフォン用モバイルバッテリー」カテゴリでベストセラー1位を獲得しています(2026年8月時点)。「どれを買えばいいか分からない」商品カテゴリで、「とりあえず Anker」という選び方が成立していること自体が、この方法が解決した状態です。

Googleのエンジニアが、バッテリーに困っていた

出発点は、創業者自身の不満でした。ヤン氏は米Googleの上級エンジニアとして働いていた頃、日頃からノートPCのバッテリーに課題を感じており、より安価で高品質な交換式バッテリーを提供したいという思いから、2011年に中国で Anker を創業しました。最初の製品はモバイルバッテリーではなく、ノートPC向けの交換式バッテリーで、初年度に50万台を売り上げています。

自分が困っていたから作った、という始まり方は、そのまま後の哲学と地続きです。最初の顧客は自分で、その次の顧客の不満はレビューに書いてある。「ユーザーの声を聞く」は、創業のきっかけをそのまま開発体制に拡張したものと読めます。

交換式バッテリーから、日本専用のPowerCoreまで

第1の転機(2011年):Amazonで売ることから始めた。 創業した Anker は、店舗網を作るのではなく、Amazon を主戦場にして交換式バッテリーを売り始めます。Marketplace Pulse は同社を、Amazon を単なる販売チャネルではなく事業の土台そのものとして扱う「Amazonネイティブブランド」の先駆けと位置づけています。売る場所を Amazon に置いたことは、同時に、すべての顧客の声がレビューという形で1か所に集まる構造を選んだことでもありました。

第2の転機(2012年):声に応える技術を自社で持った。 Anker は2012年、接続された機器を判別して最適な速度で充電する独自技術「PowerIQ」を開発し、5ポート充電器で知名度を得ます。「ちゃんと速く充電されない」という充電機器への不満に、自社技術で応えられる体制がここでできました。PowerIQ はその後の PowerCore 10000 にも搭載されています。

第3の転機(2016年):市場ごとの声を、市場ごとの仕様に変えた。 レビュー分析から「日本は大容量でもコンパクトさを求める」傾向を読み取った同社は、PowerCore 10000 を日本市場向けに独自開発します。グローバルで同じものを売るのではなく、市場ごとの声の違いを仕様の違いに翻訳する段階に進んだのがこの時期です。この製品が、後に累計600万台の史上最多販売モデルになりました。

この過程には外部要因も併記が必要です。Amazon というマーケットプレイス自体が世界的に拡大を続けた時期であり、そこに乗った事業だったこと。レビューという仕組みを作ったのは Anker ではなく Amazon で、同社はそれを最も熱心に読んだ側でした。

売る場所と聞く場所が、同じだった

なぜ PowerCore が定番になれたのかを、考えていきます。

第一に、レビューを組織的に読み、仕様に翻訳する体制を持っていたこと。全世界100人以上の正社員体制で35万件のレビューに目を通し、不満を分析して早ければ1〜2か月で改良版を出す。「小型化してほしい」という声からの数年がかりの充電器開発や、日本向け PowerCore 10000 の独自開発のように、声が実際に製品の形を変えています。レビューは誰でも読めますが、それを開発工程の入力として制度化していたことが、他社との行動の差でした。

第二に、売る場所と聞く場所が同じだったこと。Amazon で売る限り、改良の成果は同じ販売ページのレビュー評価に返ってきます。改善がそのまま star 評価とランキングに反映され、カテゴリ1位を9割の期間で維持するという見え方になって、次の購入者の判断材料になる。作る・売る・聞く・直すが1つの場所で循環する構造が、広告費の代わりに働いていました。

第三に、創業のきっかけと開発手法が一貫していたこと。自分のバッテリーの不満から始まった会社が、ユーザーの不満を最重要の入力に据える。「信用を獲得するには多くの時間がかかるが、失うのは一瞬だ」という考えのもとで、この一貫性が15年続いています。

そして、Amazon というプラットフォームの拡大です。そこに集まる声を100人体制で読み、仕様に翻訳し続けたことが、差になりました。その結果が、創業から15年後のいまも続いています。日本国内の累計販売台数は1億台を超え、後継のモバイルバッテリーは2026年8月時点でも Amazon のカテゴリベストセラー1位です。